環島旅行

kimikoishi2007-06-27

交通部台灣鐵路局は、いはば台湾の鉄道省、もしくは国鉄のやうなものです。「台鐵」と略して呼ばれるやうです。

この台鐵の台東行きの汽車に、わたしは乗つてをりました。わたしが目指してゐたのは、花蓮といふところです。花蓮は多くの台湾人観光客、そして日本人観光客が訪れる街で、首都台北から南に向かつて汽車で三時間ほどのところにあります。

わたしは南のはうにある高雄といふ台湾二番目の首都のやうな街から、北上する形で花蓮に向かつておりました。

台東はその高雄と花蓮の間にある街です。わたしは台東で、また汽車を乗り継いで花蓮に向かふ予定でした。

台東行きの汽車は一番安い普通列車で、冷房のない車両でした。目に鮮やかな藍色をしてゐます。高雄から台東は熱帯地域ですから(台北は亜熱帯)、とても暑いのです。わたしが訪れたのは五月ですが、熱帯の五月はもうすつかり夏でした。

扇風機がまはつてゐますが、あまり効き目はなく、実に暑いです。一寸大袈裟ですが、あたかもサウナにはひつてゐるやうです。わたしは窓をすつかり開け放つて、檸檬水を飲みました。
これは冷房のある列車に乗るべきだつたかな、と多少後悔しましたが、切符を買つてしまつたので後の祭りです。

汽車はごとごとと走ります。走つてゐる間は風がはひつてくるので、なかなか気持ちがよいのです。もつとも、照り付けてくる太陽の光は熱帯らしく厳しいものです。

でも、景色はなかなかすばらしく、空は真つ青で、樹木は濃い緑色で、真つ青な海もあつて、水平線の上にはどこかの小さな島がのつかつてゐます。世界の車窓からといふテレビ番組がありますが、そこでぜひ取り上げてもらひたいと思ふくらゐ、素晴らしい南国の風情です。

汽車はごとごとと走つては、やがて駅に止まります。

駅には、なぜか野良犬がゐるところが少なくないやうで、駅員と一緒に仕事をしてゐます。プラットホームの中にまではひつてきます。わたしはビスケットをやりましたが、犬は仕事中なので、たべませんでした。

ふと見ると、若い女性が三人で、駅の名前が書かれた看板と一緒に記念撮影をしてゐます。

駅名を見ると「加碌」とあります。

なるほど、「加禄」とはお金が増える、お金持ちになるといふ意味だから、記念撮影をしてゐるのだな、と思ひました。

汽車はすぐに出発です。三人の女性はあわてて汽車に乗つてゐました。

汽車はまた青い青い空と海と、緑色の山や樹木の間を縫ふやうに走ります。

青い色と緑色の間を、藍色の汽車がゆくのです。これはなかなか面白いと、暑さも忘れて、景色に見入つてをりました。

汽車はやがて、また駅に止まります。

すると、先の女性三人が又記念撮影をしてゐます。

駅名を見ると、なんでもない名前です。縁起を担ぐやうな意味はありません。

汽車はすぐに発車です。車掌が汽車が出るぞと叫んでゐます。三人はあわてて汽車に乗り込みます。

その謎の行動は、次の駅でも繰り返されたのです。

わたしは三人に何をしてゐるのか、尋ねてみました。

すると、三人は台湾の基隆(台北の少し東にある港街)を出発して、半時計回りに台湾を鉄道で一周してゐるといふのです。

台湾は果実のやうな楕円形の島で、鉄道を使つて外側をくるりと一周することができます。山手線のやうに丸くつながつてゐるのです。わたしは一周したことはないのですが。

そして、なんと全部の駅で降りて、駅名の書かれた看板と共に、記念撮影をしてゐるといふではありませんか(さういへば、タモリ倶楽部といふテレビ番組に、日本国内の鉄道の全ての駅に降りたといふ奇特なをぢさんが出てゐたことがありました)。

台鐵の駅は全部でどれだけあるか知らないのですが、いくら台湾が小さな島でも、百や二百の駅はあるでせう。わたしは大いに驚きました。

さうして、台東までの二時間、三人は駅に止まる度に、急いで記念撮影をして、あわてて汽車に乗り込むといつた一連の動作を繰り返してゐました。

その記念撮影の合間合間、すなはち汽車が走つてゐる間に、いろいろと話をすることができましたが、なぜそんな旅をしてゐるのかとわたしが尋ねたら、こんな風に答へてくれました。

平凡の日常と瘋狂の非日常は表裏の関係にあって、今はその非日常の旅をしてゐるんです。

なるほど、藍色の汽車は、その表裏の間を走つてゐるのだと思ひました。