ぽんぽこ
むかし、ぽんぽこといふお菓子がありました。
ロバ製菓のお菓子です。ロバ製菓は「ひよこ」といふお菓子も売つてゐました。「ひよこ」はつい最近まで売つてゐましたし、テレビで宣伝もしてゐたのですが、ロバ製菓さんは土地投機に失敗して倒産してしまつたやうです。とても残念・・・
もつとも、ロバ製菓の工場を買ひ取つた会社があるやうで、「ぽんぽこおやじ」といふ名前で、少々似た感じのお菓子を今でも売つてゐるさうです。
子供の時、ぽんぽこは憧れのお菓子でした。
ぽんぽこは記憶では、三個入り、六個入り、十二個入りの箱があつたやうに思ひます。ぽんぽこは一つ売りはしません。百貨店などで売つてゐる箱に入つた贈答用の高級菓子でした。
わたしがなによりぽんぽこを愛したのは、ぽんぽこの箱に小さな冊子がはひつてゐたからでした。
その小さな小冊子は「ぽんぽこものがたり」といふ題で、ぽんぽこが登場する絵本になつてゐました。
すごいことには、この「ぽんぽこものがたり」はシリーズものになつてゐて、冊子には号数がついてゐました。すなはち、すべて揃へれば、壮大なるぽんぽこものがたりの世界が完結するのです!!
そして、子供の頃、わたしは本に対してはうるさい注文がありました。
それは、まず一冊完結ではないこと。シリーズものであること、でした。そして、シリーズの他の巻の題名がすべて、一冊一冊の末尾に、こんなのがありますよ。つづけてお読みなさいといふやうに、きちんと表記してあればなほよしと思ひました。
わたしが偏愛した「ぽんぽこものがたり」は、この条件をすべて満たしてゐたのです!
そこで、わたしはぽんぽこものがたりを偏愛しました。
といつても、箱入りのお菓子が家にやつてくる機会など、さうあるはずもなく、ぽんぽこものがたりは二冊しか集まりませんでした。
そこで、わたしはぽんぽこを買つてくれと、両親にねだりました。
両親は渋つてゐましたが、ある日たうとう買つてくれることになりました。
わたしは大喜びです。
ぽんぽこものがたりのつづきが手に入るのかとわくわくしました(つづきといつても、一巻一話完結なのですが)。
眠れぬ夜をすごして(多分すぐに寝たと思ひます。すぐに不眠気味になる現在からみると羨ましい限り)、翌日、わたしは両親と百貨店のお菓子売り場にゆきました。ロバ製菓のコーナーにゆきまして、ぽんぽこを求めます。
三個入りのを一つください。
両親がさういふと、お店のお姉さんはにこやかにぽんぽこを包み紙でつつみ、わたしに渡してくれました。
行儀の悪いわたしは、ぽんぽこものがたりが気になつて、制する両親をよそに、包みをその場であけてしまひました。
…なんと。ぽんぽこものがたりがないではないですか。
わたしはたまげました。お菓子より、付属の小冊子が目当てなのですから、こんな衝撃はありません。
わたしは騒ぎました。ぽんぽこものがたりがはひつてゐないと。
しかし、どうも店のお姉さんの説明によると、ぽんぽこものがたりは三個入りにははひつてゐなくて、六個入り以上でないとくれないやうなのです。
なんと。なんと。わたしは悲しみました。嗚呼、虞姫よ虞よ、汝をいかんせん、ではないですが、絶望して、わたしは落涙しました。今思へばそんなことで、それほど動揺することはないと思ふのですが。
お姉さんはそんなわたしを見かねたのでせう。このくそ餓鬼、とでも思つたのかもしれませんが、ぽんぽこものがたりをそつとわたしに渡してくれたのです。お姉さんはにつこりと笑つてくれました。
破顔一笑。わたしは大喜びです。
お姉さんにちやんとお礼を言つたかは覚えてゐないのですが、くそ餓鬼でしたから、言へなかつたかもしれません。
わたしはいまでもそのお姉さんに感謝をしてゐます。遅くなりましたが、ここでお礼をちやんと言つておきませう。
ありがたうございました。