おいち

kimikoishi2007-03-07

ヤバイといふ言葉があります。

一昔前は、やくざ映画かなにかで、チンピラが「オイ、やばいぞ。ずらかれ」などと叫んで、一斉に皆が逃げる、といふやうな場面がよくありまして、「やばい」といふ言葉をそんなところから覚えたものでした。

もつとも、わたしはあまりに口語的な言葉を使ふのがいやで、方言などは盛んに使ふのですが(といふより、単語の発音などに、どうしても残つてしまふもののやうです)、流行語の類はあまり使はないやうにしてゐます。そんなわけで、この「やばい」はつひぞ使つたことがありませんでした。

また、そもそも堅気の生活をしてゐますので、残念ながら、なかなか「やばいぞ、ずらかれ」といふやうな場面に遭遇する機会がなかつたからでもあります。

当世は、危急の事態でなくても「ヤバイ」を使ふやうですが、どこで使ふものなのか、にぶいわたしは懇切丁寧に教へられないと分かりさうにもありません。電車の中で「ヤバイ」と聞くと、条件反射的につい逃げたくなつてしまひますが、当世は逃げなくてもよささうです。

さて、この「やばい」ですが、ふとした機会で「東京の大道商人と其の商品」(『財政経時報』1934年1月)といふ一文を目にする機会がありまして、そこにこんな説明がありました。

商売を禁じられてゐる場所を「ヤバイ」といふ。「張番がクリの影を認めると直ちにヤバイの声をかける、とそのヤバイの声と同時に忽ち行路の人となつて了ふのである」。ちなみに、「クリ」とは巡査のことださうです。

つまり、「ヤバイ」はテキ屋の用語ださうで、場所のことでもあり、巡査だ逃げろ、といふ指示のことでもあるわけです(発音については今と同じなのかどうかはわかりません)。場所の名でもあり、警戒の指示でもあるといふ言葉は珍しいものです。

たとへば、「動物園!」と叫ぶと、その意味がわかる者は一斉に同じ行動をするやうなものだと考へると、この言葉の奇妙さに驚きます。

しかし、なぜ「クリ!」と叫ばないのでせうか? この件はもう少し調べてみたらわかることがあるかもしれません。

なほ、テキ屋用語で「ネタ」は「売品の事で、種を逆さに読んだ彼等の符牒である。特別の符牒のないものは凡て逆さにいふ」さうです。寿司屋の用語だと思つてゐたのですが、両者共用の言葉だつたのですね。

しかし、ネタは種のことだとは知りませんでした。言葉といふものは、あまり考へずに使つてゐるものですね。もつとも、いちいち考へながら使つてゐたら、頭がこんがらかつてしまひます。

ばんごはんのおかずはなににする?

といふだけでも、「おかず」つて、そもそもなんなのでせう? お数? わたしの食卓はとても貧しいので、皿の数はわづかです。「おいち(一)」といふはうが正確かもしれません。

だいたい、ご飯ではなくて、クスクスやパスタの日でも、ご飯なのでせうか? ご飯のない国では、もちろん Night Rice あるひは riz de nuit(晩の米)みたいな言ひ方はしません。

それはさうと、テキ屋用語で活動写真を見ることは「ドウカツをケンずる」といふさうですが、1980年代に逆さ言葉が流行したことがありました。森田和義が「タモリ」と名乗つたのは、そんな時代だつたからで、今デビューする人なら別の名前で出てくるでしょう。

逆さ言葉が流行した時代に、「ヤバイ」といふ言葉ははやりました。テキ屋人気だつたのですね。

結構毛だらけ猫灰だらけ ちやらちやら流れる御茶ノ水

さういへば、京都で見たテキ屋はふるつてゐて、ハブとマングースの戦ひを見せてくれました。あやしげなハブの焼酎漬けを売つてゐました。しかし、マングースにあつさり負けるハブの薬ぢやあ、なんだか効き目も弱さうです。


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池田晶子氏が亡くなつたさうです。茲に謹んでお悔やみを申上げます。http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20070303k0000m060051000c.html

他にも、
ジャン・ボードリヤール
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20070307k0000e060061000c.html
アンリ・トロワイヤ
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20070306ddm041060144000c.html
が逝去したさうです。Je présente toutes mes condoléances.