デンタルフロス

いぬはいいなあと思ひます。だつて、歯磨きをしなくてよいのですから。

わたしは歯の間から糸をたらした間抜けな姿で、ごろごろとねそべつてゐる犬をうらやましがるのです。

わたしは歯磨きが嫌ひです。でも、毎日ちやんと歯磨きします。一日二回くらゐでせうか。一回三分以上は磨くやうにしてゐます。面倒です。総入れ歯だつたら、はづして丸洗ひできるのに。

わたしは長いこと虫歯と縁がありませんでした。

子供の時は、歯がたいそう丈夫でした。毎年、名前は忘れましたが、「歯が立派で賞」のやうな賞をもらひました。同級生は歯医者でさぞかし苦しめられたみたいですが、わたしはいつかうに歯医者には縁がありませんでした。

いえ、じつは歯医者には数回ゆきました。虫歯ではないのです。

歯があまり丈夫過ぎて、乳歯がどいてくれなくて、永久歯が横から生えます。そこで、仕方なく、乳歯を抜きにゆきました。四度はゆきました。これはたいそう痛いのです。虫歯と違つて、もともと痛くもないのに、歯医者で痛い思ひをしにゆかねばならないのですから、理不尽な思ひがしたものでした。

結局、虫歯は二十三歳までありませんでした。

ところが、それ以降は駄目です。歯医者に虫歯治療にゆかなくてはなりませんでした。

虫歯治療はお金と時間が掛かります。わたしの出会つた歯医者さんは乱暴でがめつい人がなぜか多く、困り果てました。

でも、幸ひなことに、腕の滅法よく、抜歯もちつとも痛くなく、値段も安く、病院も清潔で、他の歯医者ならわざと三回から四回に分けてやる治療を、一回でやつてくれる優しい歯医者さんを見つけましたので、虫歯になつても安心なのですが、それでも、余り歯医者さんには通ひたくないので、歯磨きをしつかりやつてゐます。

デンタルフロスとかいふ歯の糸も使ひ、歯の間まで掃除します。

ところが、このデンタルフロスが曲者で、わたしの歯はあまりすかすかではないので、すぐ糸が抜けなくなるのです。

無理にひつぱると、ぶつりと糸が切れます。歯の間には糸が詰まつたままです。余り質のよくないデンタルフロスなのでせうか。おかげで糸を歯からたらした間抜けな姿になることが始終です。

それでも、デンタルフロスを用ゐないと、また虫歯になるんではないかと恐ろしくなり、やめられません。いつそのこと、歯と歯の間に石膏かなにか詰め物をして、全部一列につながつた歯にしてしまへば、磨くのも簡単だし、いいのではないかと思ふのですが、誰もやつてゐませんね。

これは特許がとれるかな？

その前に、まづ、はさまつた糸をとらなくては・・・犬の前で途方にくれてゐます。