刺客

kimikoishi2006-05-06

ヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』全4巻が平凡社ライブラリーで復刊されるやうです。*1

『黄金伝説』は人文書院から単行本で出てゐたのですが、全4巻で合はせて14000円もするので、いつか買へる時に買はうと思つて幾星霜。いつのまにか品切れになつてゐました。

平凡社からは廉価版で出るやうなので、嬉しい限りです。それで、どんな本かといふと、http://www.shajisitu.or.tv/e006.htm (http://www.shajisitu.or.tv/ 「ラブリー写字室」には西洋の写本がいろいろ出てゐます。ここの管理人さんがこしらへた愉快な絵本http://www.shajisitu.or.tv/sk001.htm もおすすめ)にその内容の一部が出てをります。聖人伝説ですが堅苦しい内容ではなく、中世の物語集として楽しめるものです。

さて、自動車の運転の話が続いてをりますので、けふもつゞけます。

場内の教習で、右左折する時のことです。

わたしは相変はらず切れのよい急ハンドルを切り、前方のごく近いところを必死に凝視してをりました。得意の急ブレーキも遠慮なく利かせます。たつのおとしごのやうな姿勢をとつてゐたと思ひます。教官をちらりと見ると、不安な、かつ険しい表情でありました。なるべく目に入らないやうにいたします。

右左折の時は、確認、合図、確認、左右に寄せる、これに加へて徐行、といふ実に煩瑣な操作を必要とします。わたしは実にてんてこまひでありました。

そのてんてこまひの最中に、教官は次のやうにのたまひました。いはく、

「シカクニ注意シナサイ」(原文は方言)

わたしは、はいッと答へました。さうして、前方を一生懸命凝視しました。目を見開いて、必死にみつめます。

すると、また教官が、

「シカクダヨ」(原文は方言)

と言ひます。わたしは大いに不服でした。どら、こねいにしつかり見とらうが、おりやあ、と言ひはしませんでしたが、わたしはさらにしつかりと目を見開いて、前方を凝視します。亀のやうに少し顔を突き出しさへしたのです。

「横ヲ見ルンダヨ」(原文は方言)

教官は呆れたやうに言ふのです。

横? わたしはしばし考へて、ああ、と車を止めて感嘆の声をあげました。なんだなんだ、何で止めるんだと教官はびつくりしてゐます。

「シカク」つて見えない場所のことですね。視力の「視覚」かと思ひました。

教官は実に情けない表情を浮かべて、紙に「死角」と書いてくれました。変な形をした自動車の絵まで描いてくれました。

わたしは「視覚」に気をつけたのですが、さうではなかつたのですね。もちろん、「刺客」に注意せよのことかな、とは思ひはしませんでした。それほど阿呆ではありません。

でも、「刺客」に注意したはうが、きよろきよろと周りを見るので、かへつてよかつたのかもしれません。