こけし

カルピスワニとこけし

さて寝るかと本を置いて(わたしのかすんだ頭では、そのとき寝床で読んでゐた本が何であつたかはもう思ひ出せません)、電気を消してふとんにもぐりこむと、ごとりといやな音がします。

なんだと電気をつけて、ぐるりを見渡しましたが、何もありません。まあ、いゝかとまた電気を消して、寝床にもぐりこみました。

さて、朝になりました。起き上がつて、うろとしました。わたしは極度の近眼なので、この時いろんなものとぶつかります。机に戸に、いろんなものにぶつかりながら、やうやく目が覚めます。近眼であるだけでなく、目覚めて頭がさえるまで少々時間がかゝるので、実に不便です。

さうして、はつきりした頭と目に、いきなり変なものが映りました。

丸いものです。なんでせう?

どうやら頭のやうです。なんでせう? 霊能力が俄かについたわけではなささうです。本物のあたまにしては硬さうです。

おや、これはこけしの頭ではありませんか。

あゝ、弱りました。どうやらわたしは昨日こけしをけとばしたやうなのです。

このこけしは、小さな小供くらゐの三尺を超えるかといふ大きなこけしで、実に重いのです。頭も相当大きいのです。

巨大なこけしのあたまはもげて、荒れ寺によくある、頭のないお地蔵さんのやうな姿になつてゐました(八王子に頭のない、こはいお地蔵さんがあると聞きました)。

長い胴体もころがつてゐました。こつちを先に見たはうがこはかつたでせうか。「首なし美人屍体発見せらる」*1といつた具合です。

あゝ、弱りました。こけしの頭は巨大で、のせただけでは元に戻りません。頭を支へる芯が折れたやうで、どうにも元に戻りません。

胴と頭が別々になつてゐるこけしはなんとも猟奇的で、見るに忍びません。このまま放つておくわけにもゆきません。

しかし、接着剤では、重い頭を支へられさうにありません。試行錯誤の結果、胴に太い釘を打ち、それから釘の頭をもぎとり、そのうへに頭を刺してのせることにしました。

くびのとれたこけしを、くびのとれた釘でなほすのは、なんだか妙ですが、ええ、ままよとなほしてみました。

がんへへとくぎを打ち、のこぎりで釘の頭を落とし、こけしのあたまをねぢこみました。

おゝ、なんとかなほりました。

*1:黒焦げ美人屍体、首無し美人屍体といふ新聞記事が昔はたまにあつたやうですが、首なしでなぜ美人と分かるのでせう?? しかも身元不明だつたりします。「全くあなたは、絶世の美人と申し上げてもお世辞ではありませんよ。実は、あなたが怖るべき才色兼備の御婦人といふことは、紹介された者の口から、よく承つて来たのですが、案外なのに驚かされました」「どうせ案外でございませう、いつたい仙台は、昔の殿様が高尾を殺した祟りで、美人は生れないのださうでございます」「いや、違ひます、全く案外の、掛価なしの才色兼備なのですから――いつたい世間では、身投げの婦人があれば必ず美人にしてしまひ、甚しいのは首無し美人なんぞといふのもありましたが、婦人で、学問がある、歌がよめるといふと、おきまりに才色兼備にしてしまふのが慣例になつてゐまして、才の方はとにかく、色の方は大割引しなければ受取れないのが通例なのに、あなた様だけは、割引なしの美人でしたから驚かされました」(中里介山大菩薩峠』「白雲の巻」より)