傘
きのふの夜は、にはかに大雨がふりました。
わたしはあわてて、いつもたづさへてゐる緑色の折りたたみ傘をさしました。
かさのおかげで、わたしはぬれずにかへつてきました。
ぬれたかさをそのままにしておくと、さびてしまふので、わたしはベランダに干すことにしました。
雨はざあざあとふつてゐましたが、明日は晴れるだらうと思つたので、朝までほしておくことにしました。
傘をひろげて、さかさにつるしておきました。
しかし、わたしはあさはかでした。
いつのまにか、外では大雨に加へて、大風がふきあれてゐたのです。
これはいけないと思つて、わたしはあわてて、窓を開けました。
気づくのがおそかつたのです。
傘は消えてゐました。
わたしは外に飛び出しました。
傘が落ちてゐないかと思つて。
うちの真下に来ました。
ありません。
あたりは真つ暗で、大風と大雨がわたしを容赦なく襲つてきます。
ぐるぐると、うちのまはりを探します。
ああ。ありません。
緑色の傘は、ひろげたままでしたから、風に持ち去られてしまつたのでせう。
ああ、どうしたことか。
傘はどこにもありません。
わたしは途方に暮れて、長い年月を共に過ごして、いつもかばんの中に入れてゐた傘のことを思ひました。晴れてゐても、天気予報をまるつきり信用しないわたしは、いつでも傘を入れてうちを出ます。
その傘が・・・
このやうな形で失はれてしまふなんて。
うちの前には、どうどうと水かさを増した川が流れてゐます。
傘はふはりと空を舞つて、ふはふはと漂つて、川に落ちたに違ひありません。
今ごろはどこに流されてゐるのやら。
かばんの中には、もう傘はありません。