火事

ドイツ国会議事堂放火

日本は木造建築が主流だつた上に、昔の建物(とくに民家)をあまり大事にしない傾向が強いためか、古い建物がとても少ないのが残念です。地方に行くと結構ありますが、それでも百年程度でせう。古い家は住みにくいでせうが、あこがれます。ただ冬の隙間が開いた木造家屋は、つらそうです。

お寺や神社で、柱なぞをコンクリートで直してゐるところをよく見かけますが(芝の増上寺など)、あれにはがつかりです。木の柱も最初はぴかぴかで味がないのですが、しばらく立つと、古びてきて、なんとも云へない味はひの柱になります。コンクリートだと、いつまでたつても味はひもなにも出てきません。

日本は地震や火事があるので、なほさら永久性のある建物なんかどうでもいいのかもしれません。でも、その仮住まひの精神は、物を大事にしない、さらには人の心をも大事にしない社会を産む一つの原因となつてゐることはたしかです。その象徴がヒューザー小嶋進社長やライブドア堀江社長でせうか。豊田商事の社長といふのもゐました。豊田商事は名を変へて、今もあるやうです。

地震や火事でどちらがこはいといふと、火事です。地震もこはいのですが、火がなによりこはいです。わたしはけものですから。

二年前に、近所で大火事がありました。木造のなかなか古い建物で、勿体無いことでした。幸ひ、家の住人は留守だつたやうで、延焼も少なくて済んだやうです。狭い路地の中でぼうぼうと燃えて、延焼が少なかつたのですから、不幸中の幸ひといへるでせう。

野次馬が大勢ゐました。わたしは買ひ物にゆくところで、たまたま出くはしたのです。もちろん、わざわざ見に来たのではないのですが、わざわざ見に来た人が多いやうでした。なぜかといふと、ビデオカメラなぞを携へて、喜悦の表情だつたからです。

わたしも家を出るときに、さういへばけふは空にいやに煙が舞つてゐるな。変な日だなとは思つてゐたのですが、まさか大火とは思ひもしませんでした。

わたしは燃え盛る火に呆然として、しばらく立つてゐましたが、そのままかへりました。すると、向かうから、ビデオカメラを抱へて、大喜悦の表情で、髪振り乱して、サア早く早くと子供と一緒に走つて来るをぢさんに出会ひました。

人の不幸を楽しんでしやうの無いをぢさんだと思つたのですが、よくよく見れば、大家さん。向かうはわたしに気づかずに、子供を引き連れて、火事にむかつてまつしぐら。えさを見つけた動物のやうに、すさまじい勢いで走り去りました。

しかし、そんな大家さんでも笑へない火事が起こりさうになりました。

先日、あやふく、わたしは火事を出すところでした。

わたしは電熱器で、あぶり出しを楽しんでをりました。ちやうど、伊予柑が手にはひつたので、柑橘狂のわたしは、一心不乱に伊予柑をむさぼりくつたのですが、指についた果汁を見て、なんとか利用できないかと悩んだわけなのです。

その結果、あぶり出しがいいといふことになり、一人でたのしんでをりました。

電熱器は960ワットで、なかなか強力です。果汁の部分だけ紙がこげて、あぶり出しが簡単にできました。わたしは大いに喜びました。まるで秘密文書をこつそり見るスパイか忍者になつた気分です。

そして、わたしは二枚目に取り掛かりました。

電熱器に紙をかざすとじりじりとこげはじめます。実に面白い。これはたびたびやつてみよう。さう思つた矢先でした。

ぼッといふ変な音を立てて、紙がめらめらと燃え始めました。うわあと、わたしは紙を放り投げましたが、燃え盛る紙はこたつ布団の上に落つこちて、くるくると移動し始めたではありませんか。

あわてて、袖でたたき消さうとしたのですが、紙は燃えながらくるくると移動するので、つかまりません。何とか消し止めましたが、これが大火事になつたら、今度は大家さんはビデオカメラを抱へて喜ぶわけにはゆかなかつたでせう。

あぶり出しはもうしないことにしました。