げつはるゐと犬
フランスパンを袋から半分出してたべてゐました。
四日前に買つたもので、相当硬くなつてゐました。入れ歯の方はまづ無理な硬さです。わたしは「ゲッハ類」(齧歯類)の如く、鼻筋にしわをたてゝ、がりがりとすさまじい形相でフランスパンを齧つてをりました。
硬いものを征服するのは、なかなか楽しく、わたしはこどものころ、かまぼこの板に挑戦してみましたが、歯が立ちませんでした。鉄棒にも挑戦してみましたが、金属の棒が噛み切れるはずもなく、歯が欠けました。わたしはだいぶん足りない子供であつたやうです。
かりかりになつたフランスパンを征服してゐると、いぬがやつてきました。
呉れ呉れと騒ぎます。
あまりにうるさいので、ほんのすこしむしつて投げると、大喜びでたべます。
そして、もつと呉れ呉れと言ひます。
わたしは面倒になつたので、フランスパンの袋を上げました。底のはうにはフランスパンの粉がいつぱいたまつてゐるのです。
いぬは大喜びで、細長い袋に鼻をつつこみます。顔全部がすつかりはひりました。袋の中をあさつてゐます。
ところが、いぬは細長い袋にあんまり顔をうづめたので抜けなくなつたやうです。その姿はまるで悪狐ルナールの失敗のやうで、わたしは大いに喜びました。
いぬは必死です。変な踊りをしながら、袋をとらうとしてゐます。わたしは大笑ひです。でも、笑つてゐられたのはそこまで。
いぬが頭から袋をとるのに成功すると、ばらばらとフランスパンの粉がそこらぢゆうに散らばつたのです。