マキャヴェッリとアンギラス
マキャヴェッリ(Machiavelli)といへば、『君主論』で有名なイタリアの十六世紀の政治学者です。
目的のためにはいかなる手段も正当化される。すなはち、〈♪経済系経済系姉歯式♪〉の悪徳建築の金儲け主義もいいんだ。君主が人民を虐げても国家を守るためならいいんだといふのがマキャヴェリズムだとよくいはれます。マキャヴェッリはそんなことを言つてはゐないやうですが。それはともかく、話はイタリア料理とスペイン料理についてなのです。
数年前の或る日のことです。
わたしはその日、ドイツ哲学の研究をされてゐる老哲学者と、食事にゆきました。といふか、連れていつてもらひました。そのリストランテはイタリー料理店で「リストランテ・マキャヴェッリ」といひました。
老哲学者に、この「マキャヴェッリ」はかの有名な政治学者の子孫のお店なんだよ。と教へられました。
おおー、とわたしは感嘆して、わたしの所得では絶対に這入ることの不可能な、豪華なリストランテに足を踏み入れました。
窓の外には、夜の新宿の摩天楼の無数の小窓から指す、かすかな明かりがさしてゐるのが見えました。冬も寒い日で、びうびうと風が吹いてゐました。でも、店の中は暖かでした。
薄暗い上品な明かりの下で、老哲学者はメニュを広げ、子羊のTボーンを焼いたもの(Tボーンといふ骨つきの肉)をふたつと葡萄酒を取り寄せてくれました。
わたしはピザやスパゲティ以外のイタリー料理がまるつきり分からないのと、何んでも頼めばご馳走していただけるのはわかつてゐながらも、料理の値段に度肝を抜かれて、これこれ、これがたべたい、と図々しくはいへない雰囲気をすぐに悟りましたので、註文はお任せしたのでした。
老哲学者は白葡萄酒をがぶがぶのみ、子羊肉をわしわしとくらひ、七十を越えてゐるとは思へない健啖ぶりを発揮しながら、こんなことをいふのです。
「スペインでウナギはなんといふか知つてゐますか?」
わたしはスペイン語は知りません。この機会に冬越しの営養をたくはへておかうと必死になり、無言でがつがつと羊肉にくらひついてゐたわたしでしたが、老哲学者の問ひにあわてて顔を上げ、「存じません」と簡単にこたへました。
「アンギラスですよ」
老哲学者はさういつて呵呵大笑なさつたのです。
おおう、アンギラス・・・
わたしの頭の中には、ガメラ(ゴジラでしたか?)と戦ふ巨大な生物の姿が浮かびました。とてもたべられさうな感じではありません。ちなみにフランス語ではうなぎはanguilleといひます。アンギィーユ。女性名詞です。うなぎはとても女性といふ感じではないのですが・・・
老哲学者によると、スペインのアンギラスはごく小さいものをつかまへてきて、油でからりとあげたものださうです。これが、滅法界にうまいのださうです。
しかし、スペインで「アンギラスをくれたまへ。セニョール」とはいへさうにありません。
なにがでてくるか、おそろしいからです。怪物がでてくるかもしれないし、よくても巨大ウナギの姿焼き(もちろんかしらつき。凶悪な表情でこちらを睥睨してゐる)が出て来さうです。老哲学者のやうな健啖家の胃をもつてしてはじめてたべられるやうな、そんな料理ではないでせうか。