エッフェル塔 Tour Eiffel

けふは「美の巨人」といふてれび番組で、エッフェル塔の特集をしてゐました。ビル・アッケムといふ橋から見たエッフェル塔がたびたび登場し、大いに喜びました。


わたしもビル・アッケム橋からエッフェルを見たのです。ビル・アッケム橋は一階を自動車と歩行者が、二階をメトロが走るといふ二階建ての瀟洒な橋です。鉄骨造りで、エッフェルと似た感じがあります。


それはさうと、エッフェル塔の製作者エッフェルは、水道橋もつくつてゐたのですね。ロワール川を渡つてゐて、「ブリアール運河橋」(1896年)といふ名ださうです。水道橋は川が橋の下ではなく、橋の上に流れているものです。ローマ時代に有名なものがありますね。日本にも京都に水道橋があります。古めかしい煉瓦橋の上をどうどうと物凄い勢いで水が流れます。琵琶湖から引いてきた水なのです。


京都の左京区のあたりには、水が民家の脇をたうたうと流れてゐるところがたくさんあり、水の町が好きなわたしとしては嬉しい光景でした。たゞ京都の水は水質悪化してゐるのか、余りおいしくないのが悩みの種でした。茶色い水が蛇口から出た時は、自分も茶色になる悪夢を見ました。


エッフェル塔は完成当時は非難轟々で、モーパッサンなんかも蛇蠍のごとく嫌つてゐました。だから、モーパッサンエッフェル塔のなかにある、見晴らしの良いジュール・ヴェーヌといふレストウランに通つてゐたさうです。嫌ひなのに、なぜエッフェル塔のレストウランにいそいそと通ふの? すると、モーパッサンは「ここしかエッフェル塔が見えない処が無いから」と答へたさうです。


ロマネスクやゴシックがすきなわたしとしては、エッフェルはあまり関心がありませんでしたが(上にも登りませんでした。其お金でパンを買つてしまひました)、装飾が多く(まるで下着のやうに華美です)、東京タワーよりきれいなことは保障できます。蝋人形館がなかつたら、東京タワーはまさしくたゞの電波塔です。


それにしても、エッフェル塔の展望台にも落書きがしてあるのには驚きました。巴里の町は落書きが多く、美と浪漫を求める観光客が「巴里は汚い」と失望する原因の一つにもなつてゐますが、巴里のメトロの壁の落書きは或意味壮観ともいふべきものでした。


なにしろどこまでいつても、壁壁壁壁に、落書き落書き落書き又落書き、なのですから。そして、落書きにすこぶるはまつてゐる若者達は、メトロの営業が終わる深夜の、しかも警備員が交代する朝四時頃?だかを狙つて、いそいそと落書きにでかけてゐるのです。何とも御苦労な話です。巴里は朝八時にならないと真つ暗だといふのに。


かれらは、教会には落書きはしないやうです。それは良いことですが、古い建物すべてにしないで欲しいと思ひます。新しい建物とメトロだけにして欲しいな。


新しい物が大好きなかれらのなかには、東京に憧れてゐるひともゐるさうです。それなら、何うでせう。わたしと交換しませんか?

http://www.abcparislive.com/eiffel_tower_webcams.htm
(サア、皆様お立ち合ひ。此処からパリーのエッフエル塔を見ることが出来るのであります。浅草十二階もビツクリの大パノラマ。紺碧のパリーの空の下に聳ゆる華麗なる塔に、かのヒツトラー総統も登つた塔に、皆様を御案内申上げ奉る次第であります。一覧、感激至極は請合ひ。大人十銭、兵隊五銭、子供も五銭だよ)